2008/12/28

激動に揺れたこの1年…良い御年をお迎え下さい!!

‐(株)ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

平成20年も間もなく幕を閉じる。「激動に揺れた」とは一年を振り返る際の〃決まり文句〃のようなもので余り使いたくはない。

ただ今年は、経済情勢を見る限り、その表現がピッタリと当てはまってしまう。米国発の金融危機に伴って、我が国でも株価の大暴落や円高など予期せぬ事態が続いている。

誰がトヨタのこれほどまでの急速な凋落を予想できただろうか。ソニーブランドも地に落ちたものだ、と嘆いたところで、企業には企業の論理がある。

政界も〃迷走〃を続けた。2代続けての〃投げ出し内閣〃を九州出身の麻生総理が引き取った。が、大方の予想を裏切って〃伝家の宝刀〃は抜かずじまい。結果、支持率の低下が日増しに進んでいるようだ。

一方で、スポーツ界は若手の台頭で大いに活気づいた。ハニカミ王子君はデビュー1年目にして、獲得賞金が1億円を突破。CM収入と合わせると、30億円にもなろうというから、親父は笑いが止まるまい。チクショー!!

水泳(平泳ぎ)の北島康介選手は2度目のオリンピックを連覇(世界新記録)で飾り、涙ながらに「なんも言えねー」と雄叫びを上げた。カッコいい!!

女子フィギュアスケート界も盛り上がった。名前も似ているので、個人的には真央ちゃんの大ファンである。何せ、カワイイ!!

大物文化人の死去のニュースも目立った。国民栄誉賞の受賞が死後に決まった作曲家の遠藤実さんは、「昭和」という時代や「日本人の心」を鮮やかに謳い上げた。

詰め襟姿の舟木一夫が歌う「高校三年生」。ヨレヨレコート&ボストンバックという独自のスタイルで千昌夫が熱唱した「北国の春」。タワシ頭時代の森昌子による「せんせい」…。いずれも心に残る名曲だ。

森昌子に関しては、発掘者の一人である阿久悠さん(昨年8月死去)が、面白いコメントを遺している - 「歌い方の上手い人間は結構いるが、森田(森の本名)は歌が上手い」。

筑紫哲也さん(ジャーナリスト)の死も悔やまれる。何日か前の長崎新聞のコラムで「憲」というペンネームの方がその人柄について触れていたが、一度はお話を伺いたい、と願っていた先輩の一人だった。

年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず。生憎、役所が休みに入ったため、この1年間で何人が生まれ、何人が亡くなったのか調べようもないが、日々新たな命が生まれ、また天に召されていく。

来る平成21年はどんな年になるのだろうか?本紙も来年は創刊百十周年目を迎える。業界を取り巻く環境は殊のほかに厳しいが、ひたすら頑張る以外に活路は拓けまい。

結びに、この1年間の数々の非礼を心からお詫びすると同時に、読者の皆様方のご健勝とご多幸をお祈り申し上げる。どうぞ良い御年をお迎え下さい。


2008/12/27

畳と女房は新しい方が…もう少し娑婆に置いて下さい!!

‐(株)ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

昨日、ほぼ20年ぶりに自室の畳が替わった。イグサ特有の日なたのような香りが廊下にまで伝わってきて、何かしらフレッシュな気分になる。

思わず「やはり、畳と女房は新しいに限る」と口走ったら、古女房が「だったら貴方が出て行けば」と、トヨタやソニーの経営陣ばりの〃暴言〃を浴びせかけてきた。

この厳しい歳末に、何処へ行けと言うのか?せめて、もう少し水が温むまで待って貰えないものだろうか…。ゴルフのシングルは当面難しそうだが、生活上のシングルは奥様の「匙加減」次第のようだ。

「匙を投げる」の辞書的意味は、「医者が治療をあきらめること」から転じて「成功の見込みがないこと」の例えだが、イラクでは先頃、会見中の米・ブッシュ大統領に「靴」が投げられた。

幸いにして、2足(度)とも〃直撃〃は免れたが、青ざめた大統領の表情が印象的だった。今や同国では、この犯人(ジャーナリスト)は〃英雄〃扱いされているそうだが、その心はきっと「匙を投げたい気分」だったのだろう。

国際政治が専門でもなんでもないので、なぜ米国がイラクに戦争を仕掛けたのか―の本当の理由は知るよしもないが、同国の平和を根底から覆し、同国民の不安を煽ったことだけは確かだ。

一方、我が国では今年、一挙に4人ものノーベル賞受賞者(物理3人、科学1人)が誕生し、全国民が慶びに沸いた。また、過去には、沖縄返還を成し遂げた佐藤榮作元総理が「ノーベル平和賞」に輝いたこともある。

ところで、耳慣れない言葉だが、同賞のパロディ版とも言える「イグノーベル賞」というのがある。今年の日本人の受賞作が何だったか忘れたが、確か昨年は「牛糞を香料に使ったバニラアイス」ではなかったか?

その伝でいけば、ブッシュ大統領にも「イグノーベル賞」をあげれば良かったのに、と思う。勿論、その研究テーマは「平和」ということで!?おっと、こんな記事を書いていると、核ミサイルが飛んで来るかも知れない。ジョーダンですよ、ジョーダン!!

ただでさえメタボの症状が進んで血圧が上がり〃命〃が危ないというのに、ミサイルなんぞが飛んできたら、ひとたまりもなく殺られてしまう。周囲にも迷惑が及ぶし…。

そうした〃不安〃に駆られて白土湖の周りを歩いていたら、黒い軽のワゴン車に乗った人物が、こちらの方を見て、しきりとお辞儀をしている。目を凝らしてよく見たら、菩提寺のご住職様であった。

「どうしました。お送りしましょうか?」 - 。大変に有難い申し出ではあったが、まだ「お坊様に送られる」のは少し早いと思ったので、丁重にお断りした次第。


2008/12/26

「つんく♂」の提案!!…「花火」を見るな「顔」を見ろ

‐(株)ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

クリスマスイブのその日。いやいやその前夜も、筆者の肉体と精神は「もっぱら君」という弊社イメージキャラクター(着ぐるみ)の中にいた。2日間とも《午後7時集合、本番開始同8時》というスケジュールをきっちりと守り〃精一杯〃頑張った。

成果は上々であった。ナビゲーターの導くままに、たどたどしい足取りで〃現場〃に到着するや否や、子供たちが一斉に群がってきた。「あっ!もっぱら君だ」「触ってもいい?」「握手して」「脚を上げてみて」「走って」「3回飛んで」…。中には思い切り頭をひっぱたく悪ガキも。

真冬の最中であるが、15分もすると着ぐるみの中は〃蒸し風呂〃状態となり、汗(一説によると涙)が吹き出てくる。子供たちはどこまでも付きまとって離れない。記念写真の要望もひっきりなしに続いた。

約1時間の〃本番〃は肉体的にはきつかったが、終了後には何とも言えない〃達成感〃を味わうことができた。それもこれも子供たちの〃お蔭〃である。

〃オマケ〃と言っては何だが、2日間で体重は3キロ減。会社の若手にその〃束の間の歓び〃を伝えたら、「明日から『もっぱら君』で通勤したらどうですか?」という、何とも悩ましい〃命題〃を突きつけられてしまった。

フェンシングのお面のような〃網の目〃越しに眺める「もっぱら君」の視界は異常に狭い。ましてや夜ともなると、輪郭を掴むのにも一苦労だ。ただ、そのぼんやりとした視線の先に、子供たちの無垢な瞳が輝いているが分かる。

プレジデント誌・1月12日号に「モーニング娘」の生みの親として知られる芸能プロデューサーの「つんく♂」が、『消費不況の中、ヒット商品をつくるにはどうすべきか』とテーマで寄稿している。

曰く - 。「花火大会で次々と打ちあがっている花火に見とれていてはいけない。ヒット商品を世に先駆けて送りたいなら、『キレイだぁ』と花火を鑑賞している人たちの『顔』をよく観察すべきだ」と。

たまたま「もっぱら君」出演の直前に読んでいた文章だったことと、その場所が「がまだす花火大会」(毎年8月下旬開催)と同一会場だっただけに、余計にその言葉の意味を噛み締めた次第。

確かに、色んな動物の姿態を表現した1万2千個ものイルミネーション(電飾)は鮮やかであるが、肝心な点は参加者の〃主体〃である子供たちや、引率の人々の〃受け止め方〃にある。

単に「プレゼントが貰えるから」「観光の冬場対策で何かしないといけないので」…などといった取り組みでは、いずれ壁にぶち当たることは火(電飾?)を見るより明らかである。

要は、関係者の知恵と熱意。来年も再来年も…「もっぱら君」もさらにパワーアップして頑張る!?


2008/12/23

立ち上がれJC諸君!!…「水まつり」の原点は白土湖だ

‐(株)ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

島原市が白土湖にはびこるカナダ藻などの雑草類の除去にやっと重い腰を上げたと聞いて、先週末、その「進捗具合」を見ようと周辺を歩いてみた。

確かに「作業」は行われていたが、これが何とも歯痒いばかりのスローペース。働いている方には気の毒だが、もう少し「やり方」を考えるべきではないか、と思った。

同湖は言わずと知れた「水都しまばら」のシンボル的存在である。1周約500メートル。1日当たり4万トンの湧出量を誇り、かつては「島原大変」(1792年)の際の「遺跡」とも言うべき墓石群や木蝋しぼりなどが湖底に沈んでいた。

散策の途中で出くわした元島原一中校長の大隅先生によれば、夏休みには、透明度抜群の冷たい水に潜っては、墓石にタッチするなどして「冒険心」を満たしていた、という。

それが今ではどうか?全体的な「因果関係」が掴めていないことは分かっているが、まったくもって「シンボル」の名には値しない、何とも形容し難い状況が続いている。

市も手をこまねいてばかりいたわけではない。大がかりな浚渫工事も実施されたし、草魚も投入された。EMダンゴによる浄化作戦も続けられている。

ただ、現実はご覧の通りの「惨状」である。幾層にも重なったように見える青草の表面には、スーパーのレジ袋や空き缶などが投げ込まれ、うすら寒い気すらする。

以前、何かの雑誌で読んだニューヨークの地下鉄の記事のことを思い出した。確か、ジュリアーニ市長当時の話だったと思うが、地道に壁面の落書きを消し、壊れた窓の修復等を続けていたら、自然と犯罪が減っていった、と。

白土湖の現状が直ちに犯罪を喚起するとは考えられないが、少なくとも訪れた人々の心を和ませないことだけは確かだ。しつこいようだが、それほどまでに見苦しい。

そこで、嫌われることを承知で、提案したいことがある。元々「水まつり」発祥の地は白土湖であった。今から20年近く前、亡くなった内田憲一郎さん(市議)や宮本秀利さん(宮本造園)ら当時の島原JCのメンバーの呼び掛けで始まったものだ。

ところが、最近では大きく様変わりして、武家屋敷の水路などがその檜舞台となっている。別段、そのこと事態は悪いことでも何でもない。ただ、「原点」というものについて、もう少し思いを馳せていただけないものだろうか。

もっと言えば「白土湖の問題は僕らに任せて!!」くらいの覇気はないのか。勿論、カボチャテレビのスタッフも全員参加しますよ!!

それが根本的な問題解決につながらないことくらいは分かっているが、「シンボル」の余りの荒廃ぶりについ業を煮やしてしまった次第。嗚呼これでまた、若者に嫌われたか…。


2008/12/21

「年忘れ」VS「忘年会」…忘れていけないこともある!!

‐(株)ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

「忘年会」のシーズンである。昨夜あたりがピークかと思っていたが、日本全土を覆う「不況気圧」のせいか、タクシーの運転手さんの受け答えにも心なしか元気がない。

それでも「忘年会」は続く。昨日も、一昨日も、今日も、明日も、明後日も…。酔眼朦朧たる呆け面を鏡に映しながら「今年もあと何日…」と指折り数えてみる。嗚呼、全くもって「進歩」というものがない!!

加えて、数年前から鼻炎が続いており、クシャミと鼻水だけには事欠かない。巷の不景気風を横目に、毎日のように「拡大再生産」される、このオドロオドロシイ物体が、我が身の構成要素なのか?

そう言えば、最近は「青洟垂れ」というのを滅多に見かけなくなった。恐らく食生活の変化に伴うものだろうが、一方でそれは「肥満」や「高血圧」などという現代病をもたらしていることも間違いない。

さて、2学期の通知表が渡される日も近いが、数字や記号で表される「成績」そのものより、担任の先生が書いた「所見」の方が、後で読むと遥かに面白いし、記憶に残る。

筆者の小学1年時の所見欄にはこうあった - 「洟を洋服の袖になすりつけるのは止めよう。きちんとチリ紙で拭く習慣を」。確かに、今でも思い出すが、右袖の先端部分はやけにカパカパして、テカッていたような気がする。

この話を三男坊にしたら、腹を抱えて大喜び。「オヤジの威厳」など軽く吹き飛んでしまった格好だ。一瞬「しまった!!」と思ったが、もう遅い。最近は右手の中指と人差し指を鼻の下に付けて上げ下げしながら、ミスタービーンのように近づいて来る。

いかん、いかん!!今日のテーマは「忘年会」だったはずだが、いつの間にやら所期の目的を「忘れて」しまっていた。これも寄る年波のせいか、はたまた昨夜の深酒が原因か…。

故・宮崎康平さんとも親しかった作家の永六輔さんの著書『もっとしっかり、日本人』(ヴィレッジブックス)によれば、江戸時代には「忘年会」という表現はせず、「年忘れ」と言ったそうだ。

では一体、何を忘れるのか?通常の発想でいけば、「その年に起きた嫌な出来事」ということになろうが、本来的な意味はまったく異なる、と。つまりは、爺さんも、婆さんも、旦那も、番頭も、丁稚も…すべての年代層が「自分の年齢を忘れること」に由来するのだそうだ。

永さんはその本の中で、「忘れていいけど、忘れてならない事もあるよ。例えば、昔、日本人が中国とかで犯した残虐行為など」として、日中間にはびこる「考え方の違い」を取り上げ、解説している。
ところで、「忘」も「忙」も、その成り立ちは同じく「心を亡くすこと」。少し調べようか、とも思ったが、今日ところは「忙しい」ので止めておこう。嗚呼、また鼻水が垂れてきた。


2008/12/18

「県庁の星」は卒業…輝く「島原の太陽」となれ!!

‐(株)ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

「平成の大噴火」から丸18年と1か月が経った今日、島原市のトップが代わった。果たして横田修一郎新市長はこの「古里」をどうリードしていかれるのだろうか。

何年か前、『県庁の星』(小学館)という本が売れ、人気タレントの織田裕二や柴崎コウらが出演して映画(東宝)にもなった。確か、大妻出の若い作者が書いた作品だった。

ストーリーは至って単純。県庁の産業振興部門で働く男性主人公(織田)が急きょ民間のスーパーに派遣されることになり、「官」と「民」との考え方に戸惑いつつも、自然と周囲に調和していくというハッピーエンドな筋立てではなかったか。

まあ、これなどは「架空の物語」であろうから、そっくりそのまま「現実社会」に当て込もうとするのもどうかと思うが、新市長の「経歴」を見る限り、この方が紛れもない『長崎県庁の星』であったことに誰も異論はあるまい。

中央大学法学部を出て昭和44年に県庁入り。総務部地方課を皮切りに、自治省出向などを挟んで、県北振興局管理部長、県立病院課長、総務部理事(新大学担当)、商工労働部長、地域振興部長などを経て、最終職は県教育長(今年4月まで)。

県庁内の出世の仕組みは良く知らないが、素人の傍目で見ても「日の当たる道」を順調に歩んでこられたことだけは確かだ。

ただし、映画の主人公と決定的に違うところは、上からの辞令一本ではなく「選挙」という洗礼を受けてきたという「厳しい現実」と、新たな職場が民間のスーパーではなく「市役所」であるという点。

実はこれまでに2度、筆者が進行役を務める生放送の「対談番組」にご登場いただいている。初回で印象に残っているのは、火砕流の犠牲となった安中地区消防団員の話に及んだ時、思わずメガネの奥から流れ落ちた大粒の涙のこと。

筆者も予想外の出来事だっただけに一瞬狼狽してしまったが、残念ながらゲストの表情を追う第2カメラは「引きの映像」しか映し出していなかった。後で、そのカメラマンをこっぴどく叱り付けたのは言うまでもない。

2度目のご出演の際に、「あれは出馬に臨む前の意志表示ではなかったか?」と水を向けたら、「いや、そんなことはない。生前の仲間のことを思ったまで…」との回答だった。

京都・清水寺で毎年行われている「漢字一文字総括」でいけば、平成20年は「変」だった。海の向こうのアメリカでは「チェンジ」を標榜したオバマ氏が次期大統領に選ばれた。

吉岡市政から横田市政へ、二代続けての「県庁出身市長」。出立に当たってお願いしたいことは、もはや貴方様は「県庁の星」ではないこと。何卒、5万島原市民をあまねく照らす「島原の太陽」であっていただきたい。


2008/12/16

百年後の世の中は…約7割の「夢」は実現する!?

‐(株)ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

15日は一般紙が休刊だったので、朝からテレビのワイドショーで世の中の動きをチェックしたところ、各局ともスポーツ新聞の記事を取り上げていた。

目を引いたのは、スポーツ報知紙の見出し。麻生総理が前日、北九州市内の環境ビジネス関連の会社を訪ねた際にもらした感想の一言を、「復活」(舌禍)と揶揄(やゆ)している。記事によると、総理は、やくざ社会で流通している「しのぎ」という表現を使った、というのだ。

一方、同一紙面で、テレ朝系の報道番組にそろって登場した山崎拓・加藤紘一・菅直人・亀井静香の四氏による「新YKKK」ラインを取り上げて、「加藤の乱・復活か」とシャレているのだ。

見方によっては、皮肉の効いた名編集と言えないこともないが、きちんと辞書にも載っている言葉を総理が使ったからといって、正義感を振りかざして「怪しからん」とする姿勢には、やや疑問を感じる。

田舎で言う「破れ口」が麻生さんの魅力であることは周知の事実であって、今更ながらに憤ってみせることに幾ばくの意味があるのだろうか…。一般紙では見かけない、そっち系の週刊誌の広告等を掲載しているのは他ならぬスポーツ新聞でしょ。

それとも、本紙が休刊だったために、成り代わって〃成敗〃したつもりなのだろうか。まあ、ゴシップ記事と割り切れば、合点がいかないでもないが…。

ところで、スポーツ報知と言えば、今では読売系のスポーツ紙だが、元をたどれば、明治5年発刊の歴史のある日刊紙。かつては「東京五大新聞」の一角を占めていた(ウィキペディア)。

日本で初めて「職業案内」欄を設けたことでも知られ、この募集広告を見て日本人第一号の婦人記者が生まれた。後に羽仁吉一氏の夫人となる羽仁もと子さんだ(『都市の論理』の著者羽仁五郎氏は娘婿)。

また、日テレ系の正月の人気番組「箱根駅伝」も同紙の肝煎りで大正9年にスタート、今日に至っている。ちなみに、来年は第85回の記念大会だという。

実は、この報知新聞が20世紀初頭(1901年)の正月紙面に、何ともユニークな企画を組んでいることを、丹羽宇一郎氏(伊藤忠商事会長)の講演著作集を読んで知った。

それは百年後の予想記事だ。内容的には「7日間での世界一周」「機械で温度調節した空気を送出」「動物との会話」などといったもので、科学技術等の革新で、そのうちの7割方は実現できている、という。

丹羽さんは過去のこうした事例をもとに、次の百年でも約7割の「夢」は実現できるはず、との「仮説」を立て、ITをベースとした様々な分野でのイノベーションの登場に期待を寄せている。

さあ、今日のところはこれで「シノイダ」ぞ!?


2008/12/14

面食らうテンポの速さ…経済はどうなるのだろう?

‐(株)ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

「1週間のお待たせでした」とは、昭和を代表する歌謡番組『ロッテ歌のアルバム』の司会を担当していた玉置宏さんの名枕詞だが、出張や野暮用が重なっているうちに、しばらく休筆が続いてしまった。

その『歌のアルバム』をブラウン管にかじり付くように観て(聴いて)いたのは小学生の頃。当時「御三家」と呼ばれていた橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦らの全盛期だ。

中でも舟木と言えば、何はさて置いても『高校三年生』である。《♪赤い夕陽が校舎をそめて ニレの木陰にはずむ声♪》世代からすると、ワンクール上の層に属するが、坊主頭の洟垂れ小僧が背伸びして歌っていたことを思い出す。

その曲を作った遠藤実さんが亡くなって、はや1週間が過ぎた。生涯に遺した作品数(5千曲)は、一足早く昨夏に旅立った阿久悠さんの作詞のそれに匹敵する。まさに「巨星再び墜つ」の感じである。

ちょうど1年ほど前に、間もなく作曲家生活40周年を迎えるという中村泰士さんの講演を聴いた。この方もレコード大賞(ちあきなおみ『喝采』)を受賞するなど、一時代を画した名作曲家の一人だが、その時こう嘆いておられた - 。

「最近の歌は余りにもテンポが速すぎる。8ビートはおろか16、32ビートと益々エスカレートするばかりで落ち着きがなく、心に響いてこない」と。

言われてみたら、確かにそうだ。MDなどで子供達が好んで聴いている歌は、字余りだらけの「早口言葉」のようである。歌詞の中身を確かめれば、一定の「メッセージ性」のようなものもあるのだろうけど、「プロテストソング」と呼ぶには「社会性」に欠けているような気がする。

「近頃の若者はまったく…」という大人の嘆きは古代の洞窟遺跡にも彫られているそうだが、筆者も段々とそうした思いに苛(さいな)まれつつある。

テンポが速くなっているのは、何も歌の世界ばかりでない。経済界だってそうだ。今年3月期に史上最高益を出したばかりの「トヨタ」や「ソニー」といった日本を代表する企業が矢継ぎ早に「人員整理」の方針を打ち出した。

3千人が働く諫早のソニー系工場はどうなるのだろうか?キヤノンの波佐見町進出計画は?AIGコールセンターは大丈夫か?乏しい経済知識で思案を膨らませていたら、昨夜、佐世保の名門企業「辻産業」に会社更生法適用のニュースが飛び込んできた。

同社会長の辻昌宏さんとは一度だけご一緒したことがあるが、物静かな紳士であった。中国進出を果たし、順風満帆とばかりに思っていたのに、一挙に逆風に呑み込まれた格好である。いずれにしても、このテンポの速さは異常である。若者に期待するしかないのだろうか!?

【お知らせ】15日のターニングポイントは休みます。


2008/12/09

絶品!!トルコライス…次はケバブ特集をお願い

‐(株)ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

「トルコライス」発祥の地は言わずと知れた長崎だが、筆者も昔から大!大!大好物の料理である。

形状は大人版の「お子様ランチ」のようなもので、1枚のプレートにピラフやポークカツ、スパゲッティなどが所狭し、と並んでいる。いわゆる「コラボ」の味わいなのだ。

味噌は薄めのカレーソース。ピラフにかけてあったり、ポークカツにかけてあったりと、店によって出し方は様々だ。

ところが、長崎生まれとは言いながらも、「チャンポン」のように広く普及していない。調べたことはないが、中華食堂とレストランの出店数の差を反映ししているのだろうか。

たまにゴルフ場内のレストランで見かけることもあるが、案外期待外れの場合が多い。つまり、料金の割にはボリュームが少な過ぎるのである。

その点、島原観光ホテル小涌園が始めたセットメニューは、この料理の真髄(?)を物の見事に衝いている、と言えよう。

まず、ボリュームがすごい。どの料理もプレートからはみ出さんばかりに盛んに〃自己主張〃。ポークの厚みもたっぷりで、揚げたてのサクサク感がさらに食欲をそそる。

これに前菜のサラダや3品のデザート、コーヒー(紅茶)が付いて、〆て1500円。これはお得だ!!ぜひお勧めしたいメニューの1つである。

さて、「トルコ」と言えば、下に「風呂」を付けて、あらぬ妄想を膨らませている御仁もいらっしゃるだろうが、元来そうしたフーゾク的な意味合いは全くない、とのこと。

ところが日本では、いつの間にかそうした呼称が定着し、1984年にトルコ人の留学生が異議を唱えるまで続いていた。余談だが、元々「トルコ風呂」とは「スチームバス」のことだそうだ。

個人的には、トルコで思い出すのは、力道山華やかなりし頃のレフリーだったユセフ・トルコ氏。この方はその名の通りのトルコ人だった。

タレントのマリ・クリスティーヌさんもてっきりトルコ人だと思い込んでいたら、この方は日本生まれで、米国人の父と日本人の母から生まれていた。

聞いた話だが、かつての「ロシア帝国」(バルチック艦隊)を破った勇気ある東洋国家として、トルコは昔からとても親日的な国なのだそうだ。

東洋と西洋の文化が交錯する、不思議の国・トルコ。ボスポラス海峡にイスタンブール、カッパドキア…。いつかは行ってみたい名勝や旧跡が沢山ある。

本格的な「トルコ料理」というのもまだ食べたことがない。振り返れば、筆者は学生時代に聴いた庄野真代の『飛んでイスタンブール』以来のトルコファンでもある。 

出来ることなら「トルコライス」の次には、「ケバブ特集」でもやりませんか、足立社長?


2008/12/06

デジタルネイティブ?…ネット世代に人気の麻生総理

‐(株)ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

恥ずかしながら今週初めに、島原商工会議所女性会(山本喜世子会長)に呼ばれて「講演もどき」(南風楼)というのをやってきた。スタジオでのテレビの「生中継」とはまた違った「緊張感」を味わってきた次第だ。

中身について云々する余裕などまったく持ち合わせておらず、思いつくままにひたすら喋くり、気付いた時には約束の1時間が過ぎていた。退屈極まりない話に、辛抱強くお付き合い頂いた会員の皆様方に改めて感謝の意を表する。

まあ、自分のことはさておくとして、仕事柄、色んな世界の人々の講演を聴く機会も多い。一昨日夜に雲仙の九州ホテルで開かれた島原法人会(宅島壽雄会長)主催の経済講演会(講師・村上力氏)にも出席したのだが、この方の話は「ピカイチ」だった。

「サブプライムローン」に代表される米国発の「金融危機」の解説に続いて、これからの経営者に求められる「能力」や「心構え」などについて、文字通り「熱弁」が振るわれた。

時間にして90分。まだ40歳という若さだが、コンサル契約を結んでいる上場企業など約40社のうち赤字決算は僅かに1社だけという「手腕」の持ち主だけに、メモを取る手にも俄然力がこもった。いずれ近いうちに「紙上載録」の予定でいるので、どうぞご期待ください!!

ところで、麻生総理大臣が6、7の両日、島原半島入りされる、という。予定では雲仙・小浜の女将さんや商工業関係の女性陣との「面談」が組まれているそうだが、果たしてどんな「直訴」が飛び出すのか楽しみである。

麻生さんと言えば、今やその「失言癖」がマスコミ各社の格好の「餌食」となっているような感じだが、インターネットの世界では、若者を中心に根強い支持や共感を得ていることをご存知だろうか?別な表現をすれば、「アキバ系」(秋葉原)や「マンガ界」だけの人気ではないのである。

筆者も若手の社員に勧められるままに「ニコニコ動画」というサイトを見せてもらったのだが、そこでは、いつもは苦虫を噛み潰したような表情をしている総理が、実ににこやかに語りかけているのだ。

特筆すべきは、閲覧者の側から即座に「反応」が寄せられている点。当然のことながら「賛成」もあれば「反対」もある。そのほとんどは「若者言葉」で占められており、新聞やテレビで育った我々世代には俄かに分かりづらい側面もあるが、これが「現実」でもある。

「デジタルネイティブ」という言葉を聞いた。つまりは、生まれた時からデジタル機器(=インターネット)に囲まれた生活が当たり前、という世代がすでに存在しているのである。

ひょっとしたら、総理は時代を「先取り」されているのかも!?


2008/12/05

48時間以内に結論を!!…M君はどうしているのだろう

‐(株)ケーブルテレビジョン島原専務 清水眞守‐

今年はやけに「年賀欠礼」の葉書が多い。師走に入ってからは、ほぼ毎日のように2通、3通と送られてくる。

50を超えた自身の齢(よわい)を考えてみれば、それも至極当たり前のことで別段驚くこともなかろうが、無機質な文面にしみじみと「世の無常」を感じる今日この頃である。

事務所の窓越しに眺める音無川公園のイチョウの木は、ここ数日ですっかり葉を落としてしまった。凍てつくような寒さこそないが、季節はもう確実に「冬」なのだ。

さて「冬」と言えば「忘年会」だが、読者の皆様方のご予定は?「まだまだとても。特にこの経済情勢下では…」というのが、大方の人々の一般的な受け止め方だろう。

米国のサブプライムローンに端を発した「不景気風」はまたたく間に世界を駆け巡り、日本も決して例外ではないようだ。あの「トヨタ」にしても売り上げ3割強減だ。

それに呼応するかのように、巷では「リストラ旋風」が容赦なく吹き荒れている。その被害対象は派遣労働の世界に収まりきれず、正社員、はては内定・新卒者まで及んでいる。

いちいち数字を挙げても詮の無いことなので止めておくが、今朝テレビのニュースで見た日本IBM社の「支援金報道」には驚いた。「48時間以内に退職の意志表示をすれば、支給額の積み増しをする」というのだ。

これまでも「早期退職者優遇制度」というのがあって、あれこれ熟慮を重ねた挙句に辞表を提出した、という話は聞いたことがあったが、わずか2日間で結論を出せと言われても…。

これなどは典型的な「瀬戸際作戦」の一つ。「切羽詰る」とは正しくもってこのことだ、と改めて感じ入った次第。余談だが、「切羽」とは刀の鍔(つば)の裏表を指す。

そうそう、IBMで思い出すのは古里の後輩、M君のこと。M兄弟はいずれも秀才の誉れ高く、人柄も大層立派だった。

M君は高校の担任の先生の勧めで上京後の「受験の砦」を、我々のオンボロ下宿と定めた。もともと頭の出来が良いので、当時私学の最難関と言われていた上智大外国語学部(英語科)に難なく合格。

それでも偉ぶるところなど一つもなく、掃除、選択、買い物…などと先輩である我々の言い付けをしっかり守って、甲斐甲斐しく尽くしてくれた。

ところが、上智という校風に馴染み始めた頃からパッタリと姿を現さなくなってしまった。後にM君がIBMに入ったというニュースは風の噂に聞いたが、一方でカトリックの神父になったとも…。

果たしてM君はどの道を選んだのだろうか…。今朝のニュースを聞きながら、30年前の人なつこい笑顔が浮かんできた。